J-PARC muon g-2/EDM experiment

Quest for new physics

標準理論を超えた物理

現在の素粒子の物理は標準理論という枠組みで記述されています。2012年にATLAS・CMS実験で、唯一未発見だったHiggs粒子が発見され標準理論が完成しました。標準理論は素粒子の振る舞いを非常に正確に予測できる一方、標準理論では説明できない現象も知られています。

素粒子物理の標準理論

物質粒子
力を伝える粒子
ヒッグス場に
伴う粒子

例えば、 暗黒物質や暗黒エネルギーの存在、ニュートリノに質量があること、宇宙に物質に比べて反物質がほとんど存在しないことが挙げられます。
そのため「標準理論を超えた物理」の解明を目指して多くの研究が行われています。素粒子実験での標準理論を超えた物理の探索には大きく分けて2つのアプローチがあり、一つはCERNのLHCに代表される高エネルギー実験、もう一つがg-2実験も含まれる精密測定実験です。

標準理論が説明できるのは宇宙の5%

  • 暗黒物質
  • 消えた反物質の謎
  • ニュートリノ質量/混合
  • 暗黒エネルギー

量子力学によると、ある物理量を測定すると、その物理量の大きさは、反応過程において取りうるすべての量子状態の和によって決まります。この取りうる様々な量子状態の観測量への寄与が量子補正です。標準理論を超えた物理が存在すると、それを介した反応が生じることで、観測される物理量に新たな補正が加わります。標準理論によって高精度で計算可能な物理量を、精密測定された実測値と比較して、両者のズレの有無を調べることで間接的に標準理論を超えた物理の存在を明らかにするのが精密測定実験です。大型の加速器を使っても直接たどり着くことのできないエネルギースケールの新物理にアクセスすることが可能です。

g-2とは?

素粒子は自身が持つスピンに起因して磁場中で小さな磁石として振る舞います。このふるまいの大きさを表す量にg因子と呼ばれる無次元の定数があります。g因子は、相対論的量子力学を記述するディラック方程式によると厳密に2となります。しかし、ここに量子補正の効果が加わると2から微小にずれることが知られています。このg因子の2からのズレのことをg-2と呼びます。

g-2

“磁荷”

EDM

“電荷”

異常磁気能率(g-2)は素粒子の磁気的性質のうち量子効果によるもの、電気双極子能率(EDM)は素粒子の電気的性質。いずれも素粒子のスピンに沿った向きを持つ。

ミュオンのg-2

ミュオンは電子と同じ電荷を持ち、質量が電子より200倍大きい粒子です。ミュオンのg-2は標準理論の枠組みを用いて非常に高い精度で計算されており、標準理論の理論計算との比較のために、高精度の実験も行われてきました。

ミュオンのg-2は標準理論の理論計算と実測結果に4σの大きな乖離があることが知られています。2021年にフェルミ研究所における最新の測定結果が公表されましたが、過去の実験結果と無矛盾であり、理論計算とのズレを示唆するものでした。

測定値 (平均)
0.00116 592 061(41) (0.35 ppm)
理論値
0.00116 591 810(43) (0.37 ppm)
理論値との差
0.00000 000 251(59)

理論と実験のズレが示唆するものとは

g-2は標準理論の枠組みで計算されています。つまり、もし実験と理論計算のズレが本当だったら、標準理論だけではg-2の量子補正を予測できないことを意味し、すなわち標準理論を超えた物理が存在していることを間接的に示す証拠になります。実測と理論のズレを説明しうる標準理論を超えた物理の議論も行われており、候補として、超対称性粒子や暗黒物質などが考えられています。

標準理論を超えた物理は、その存在は古くから知られていますが、詳細はほとんど明らかになっていません。g-2のズレが新物理によって引き起こされているのだとしたら、新物理の理解のための決定的な一歩になります。

J-PARCの実験の意義と独自性

理論計算と実験のズレの理解を目指して世界中で研究が行われています。理論側では、より標準理論の予測を正確にするために、難解な量子補正の高精度の計算の研究が行われています。実験側で重要となるのは、これまでの測定結果に予期せぬ系統誤差が含まれていないのか、の検証になります。その検証を目指してJ-PARCにおいて全く新しいミュオンg-2測定実験が進行しています。

このプロジェクトではこれまでの、そして現行のg-2測定とは異なる全く新しい方法でのg-2測定を目指しています。異なる測定手法でも同じ結果が得られれば、それは実験結果の信頼性をより確かなものにし、新物理が存在しているという可能性が一層強まります。ミュオンg-2を議論するために欠かせない実験になっています。

この実験の特徴は、数meV程度まで冷えたミュオンを用いて実験を行うことで、高品質なミュオンビームを実現し、現行の手法に比べて圧倒的に系統誤差が少ない実験が行える点にあります。

J-PARCにある世界に誇る大強度ミュオンビーム、ミュオンを冷やすマテリアル開発、特殊な真空紫外レーザー開発、世界初となるミュオン用の加速器技術、ミュオンをトラップするための磁場開発など様々な分野の技術を集約してg-2の精密測定を目指します。

大強度ミュオンビームが供給されるMLF H1実験エリア
MLF S2実験エリアで行われているミュオン冷却技術の実証試験
ミュオン冷却に用いられる真空紫外レーザーの開発
ミュオン加速に用いる高周波加速空洞
ミュオンを蓄積するための一様性が極めて高い磁場生成技術と精密磁場測定装置の開発

これまでにない新しい手法を用いたこの実験は非常に挑戦的ですが、世界中から注目を集めています。